大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

盛岡地方裁判所 昭和24年(行)83号 判決

原告 館治右衛門

被告 岩手県知事

一、主  文

被告が昭和二十三年十一月一日附岩手る第一七九五号買収令書をもつて、岩手県二戸郡金田一村大字野々上字水上三十一番地宅地百七十九坪及び同宅地所在木造萱葺平屋建一棟この建坪四十一坪につきなした買収処分はこれを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、請求趣旨(主文第一項)記載の宅地及び建物は原告の所有であるところ、岩手県二戸郡金田一村農地委員会は昭和二十三年八月二十九日自作農創設特別措置法(以下単に自創法と略称する)第十五条第一項第二号に該当するものとして買収計画を樹立し、所定の承認手続を経て被告岩手県知事は買収令書を発行し、右令書は昭和二十四年六月二十四日原告に交付された。しかしながら本件買収処分は左の理由により違法である。

(1)金田一村農地委員会が、本件宅地建物につき樹立した買収計画において、所有者を訴外「館はるゑ」とし、同人を右計画の名宛人としているにかかわらず、一方被告は買収令書の名宛人を原告として本件買収処分をなしたのであつて両者に齟齬があり違法である。

(2)本件買収令書の発行日は昭和二十三年十一月一日であるに対し買収の時期はその前である同年十月二日となつているが、かくては本件買収処分の行われる以前に既に本件宅地及び建物の所有権が原告から政府に移転せられたこととなり、かかることはあり得べき筈がないから右買収の時期の記載は効力がないものというべく、従つてこのような違法の記載ある買収令書を発してなした本件買収処分は違法である。

(3)原告は嘗て本件宅地につき何人に対しても賃借権、使用貸借による権利若しくは地上権その他の権利を設定したことはなく、また本件買収計画の樹立せられた昭和二十三年八月二十九日現在、本件建物につき何人に対しても賃借権を設定したことはない。本件宅地及び建物は元訴外館甚之亟の所有であつたところ原告は自己所有の居住家屋が朽廃したので、本件建物を解体搬出して移築する目的の下に昭和十八年春前記訴外人から本件宅地と共にこれを買い受け、昭和二十年春所有権移転登記をなしたものである。しかして右買受当時本件建物のうち厩六坪を訴外藤原新太郎が前主から借り受けていたので、原告は右建物を買受後直ちに右訴外人に対し右厩の明渡返還を求めたところ、同人の強い懇望によりやむなく、期間は昭和十八年一年限り、賃料は年間人夫二人分の約で右厩のみを賃貸することとしたが、期限と共にその返還を受けたのであり、時あたかも戦時中で資材食糧に不足し解体移築が困難であつたのでそれ以後はそのまま空家として置いたものである。もつとも、昭和二十年七月頃から同年十二月頃まで本件建物の一部を疎開者訴外木村純一に他の一部を同年夏稚蚕飼育所として部落民に貸したことはあるけれども、しかしいずれも臨時の且つ短期間のことであつて、翌昭和二十一年以降は何人にも貸したことはない。なお本件宅地中空地の部分には原告において年々麦を蒔き付け、周囲の桑の木から桑葉を採取して自らの養蚕に用い来つたものである。

(4)仮りに本件買収計画樹立当時、訴外藤原新太郎が本件宅地及び建物につき賃借権を有していたとしても、右各不動産は同人の自創法により売渡を受けた農地の農業経営上必要なものではないから同法第十五条第一項第二号に該当するものではない。

以上いずれの点よりするも本件買収処分は違法であるからこれが取消を求めるため本訴請求に及んだと述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張の宅地及び建物が原告の所有であること、金田一村農地委員会が右各不動産につき自創法第十五条第一項第二号に該当するものとして原告主張日時買収計画を樹立し、被告が、原告主張の日時を買収の時期とする買収令書をその主張の日附で発行し、右令書はその主張日時原告に交付されたことはいずれもこれを認めるが、原告その余の主張事実はこれを争う。原告が昭和十七年本件宅地及び建物を買い受け取得する以前から訴外藤原新太郎が前主訴外館ハルヱからこれを賃借していたところ、原告のものになつて後も同人から火気の取締と年日雇二人分の労働力を提供することとし期間の定めなく引き続いて賃借していたものである。昭和十九年六月二十日前記藤原新太郎の長男が応召出征のため約束どおり労働力を提供することが困難となつたので現金をもつて賃料を支払いたい旨申し入れたところ、原告は前記訴外人の家庭事情に同情し、長男の帰還するまで賃料支払の債務を免除したのである。ところが昭和二十二年秋同訴外人の長男戦死の公報を受けるや右訴外人は昭和十九年以降の賃料を原告に提供し、その受領方を申し入れたところ原告は受領を拒絶して本件宅地及び建物の明渡を要求し、更に昭和二十三年になるや本件宅地及び建物を同訴外人に賃貸した事実がないと主張するようになつたのであり、前記訴外人は本件買収計画の樹立された昭和二十三年八月二十九日現在本件宅地及び建物の賃借人であつたのである。また同訴外人は昭和二十二年十月二日二戸郡金田一村大字野々上字水上四十番畑二反十一歩の売渡を受けて自作農となつた者であるが、本件宅地及び建物は右売渡を受けた農地と僅かに一町余を隔る位置にあり、右農地の利用上必要不可欠であるところ、同訴外人は法定期間内に金田一村農地委員会に対し本件宅地及び建物の政府による買収方を申請して来たので、同農地委員会は右申請を相当と認めた結果これについて買収計画を樹立し、次いで被告において本件買収処分をなしたものであつて何等違法ではないと述べた。(立証省略)

三、理  由

請求趣旨記載の本件宅地及び建物が原告の所有であること、金田一村農地委員会が昭和二十三年八月二十九日右各不動産につき自創法第十五条第一項第二号に該当するものとして買収計画を樹立し、被告岩手県知事が所定の承認手続を経た上、買収の時期を昭和二十三年十月二日とし同年十一月一日附で買収令書を発行し、右令書は昭和二十四年六月二十四日原告に交付されたことはいずれも当事者間に争がない。

原告は、金田一村農地委員会が本件宅地及び建物を訴外館ハルエの所有として同人宛買収計画を樹立したのに、被告の本件買収処分は原告宛なされているのは違法である旨主張するので、まずこの点について判断するに、成立に争のない甲第三、四号証によれば、金田一村農地委員会の樹立した買収計画において、その名宛人を訴外「館はるゑ」(館ハルヱの誤記と認める)と表示し、一方被告の発行した買収令書におけるそれは原告であること明らかであつて、右によれば、買収計画手続の段階においては前記訴外人を相手方として計画を樹立してその手続を進行したところ、後日本件宅地及び建物の真実の所有者が原告であることを知るに及び知事の買収処分手続の段階においては相手方を原告に変更し買収令書の宛名を原告としたものと推察するに難くない。

もとより買収計画は買収処分という終局の目的に指向せられる一連の買収手続の基礎であつて、自創法は、買収計画において定められた内容は即買収処分の内容として完結すべきことを予想しているものというべく、このことは、買収計画の縦覧にあたり記載要件とされている事項が、同時に買収令書における必要的記載事項とせられている(自創法第六条第五項、第九条第二項)によつても明らかなところである。従つて両者の間には、純然たる表示上の誤記と認められない限り内容上の就中最も実質的に重要な要件である所有者と客体物件について齟齬あることは許されないところである。何となれば、買収計画手続の段階において買収の相手方とされた者が、後日真実の所有者でないことが判明し、知事の買収処分手続の段階において買収の相手方を真実の所有者に変えたのみでは真実の所有者に対しては買収計画の樹立なきにかかわらず買収処分をなしたこととなり、自創法が買収処分の前提として買収計画の樹立を要するとした根本的建前を蹂躙することになり、かくては、現実にその所有権を強制的に政府に移転せしめられる真実の所有者は、買収手続の過程において自創法上与えられた異議訴願等の行政上の救済手段を不当に奪われる結果となるからである。このような場合行政庁としては宜しくさきになした誤つた買収計画を取り消して新たに真実の所有者に対して計画を樹て直すべく、これに基いて買収手続を進行せしめるのが至当であるところ、ことここに出でず漫然違法の買収計画(真実の所有者でない者に対してなされた買収計画は違法である)に基いてなした被告の本件買収処分は違法であつて到底取消を免れない。この点に関する原告の主張は理由がある。

次に原告は、本件買収令書の発行日は昭和二十三年十一月一日であるに対し、買収の時期はそれより以前の同年十月二日であるから、本件買収処分がなされる以前に既に本件宅地及び建物の所有権が原告から政府に移転したこととなり、あり得べからざることであり、従つてかかる買収の時期の記載は無効であり、結局本件買収処分は違法である旨主張するので按ずるに、成程買収物件に関する所有権が買収の相手方から政府に移転される時期は、買収令書又はこれに代る公告に記載された買収の時期であるが、その日時は令書発行の日以後でなければならない理由はなく、買収計画の公告の日以後ならば発行日より遡つて定めることをもつて違法となすを得ない。よつてこの点に関する原告の主張は失当である。

次に原告は、本件宅地につき嘗て何人に対しても賃借権使用貸借による権利若しくは地上権その他の権利を設定したことなく、また本件買収計画の樹立せられた昭和二十三年八月二十九日現在本件建物につき賃借権を設定したことがない旨主張するので按ずるに、証人館ハルヱ、前田キワ、前田松五郎、細田徳治の各証言及び原告本人尋問の結果並びに検証の結果を綜合すれば、本件宅地建物は元訴外館甚之亟の所有であつたところ、昭和十八年春原告は自己所有の居住家屋が朽廃したので本件建物を解体搬出して移築する目的の下に本件宅地と共にこれを買い取つたものであること、当時訴外藤原新太郎は右建物のうち厩六坪を前主から賃借していたので、原告は買取後直ちにこれが明渡返還を求めたが、右訴外人の懇望により、期間を昭和十八年一年限りとし、賃料は前主の場合と同様年人夫二人分の労働力を提供することの外、本件宅地建物が同訴外人の隣地にあるところから、同人において随時見廻つて貰うことの約定で賃貸したこと、原告は昭和十八年秋頃右約定の趣旨により厩の返還を受けたけれども、あたかも戦時中で資材及び労力に不足していたため初めの計画どおり解体移築のできないまま本件建物を空家として置いたところ、その後も前記訴外人は原告に無断で右厩に物を置いたりなどして使用を継続していたこと等が原因となり両名の間に紛争が起り、昭和二十三年秋頃居村駐在所の仲裁で本件宅地と右訴外人の宅地との境に柵を設けて同人の本件宅地及び建物への出入を差し止める措置をとつたものであること、もつとも本件建物の一室に訴外木村純一等が昭和二十一年六月頃から翌年十一月頃まで居住し、また他の一室において部落の稚蚕共同組合が稚蚕の飼育をなしたことはあるが、その賃料はいずれも原告において受領したものであること、本件宅地中空地の部分は、原告において麦を蒔き、野菜を作つて使用し周囲の桑の木から桑葉を採取して来たものであること等を認めることができる。これに反する証人竹田真一、藤原新太郎(第一、二回)の各証言部分は前記各証拠に照らし採用し難くその他被告提出援用にかかる全立証をもつてするも右認定を覆すに足りない。

以上の事実によれば訴外藤原新太郎は本件宅地につき賃借権又は使用貸借による権利若しくは地上権を、本件建物につき賃借権等何等の権原を有していなかつたものといわなければならないから同訴外人が農地の売渡を受けて自作農となつた者とし、法定の期間内に本件宅地及び建物につき村農地委員会に対し買収申請を申し出でたとしても、本件宅地及び建物は自創法第十五条第一項第二号に該当するものでないこと明らかである。しからば右申請を相当と認めて樹立した金田一村農地委員会の買収計画に基く被告岩手県知事のなした本件買収処分は違法であり取り消すべきものといわなければならない。この点に関する原告の主張は理由がある。

よつてその余の点につき判断するまでもなく原告の本訴請求は正当であるからこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 上野正秋 佐藤幸太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!